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【田中雅子初代会長特別インタビュー / 後編】未来を担う介護福祉士の皆さんへ

日本介護福祉士会初代会長・田中雅子先生(富山県福祉カレッジ教授)、特別インタビュー[後半]です。




資格取得と職能団体立ち上げ

初期の活動について

 立ち上げ初期の苦労は何と言っても資金面です。当時は事務局すらなく、どの会も会長の自宅や職場で会議などをしていたと思います。日本介護福祉士会も同様で、役員は会議の際、皆身銭を切って上京していました。宿泊費を浮かすため、初代事務局長のご自宅に何度も泊めていただいたことは、今でも懐かしく思い出します。
 また、一部の経営者の方々の中には、(労働)組合活動をする団体という、誤った見方をする方々も少なくなかったです。こうした偏見もあったので「自発的な学びの場」としての活動を特に心がけましたね。
 職場に迷惑をかけないよう、東京での会議後は夜行列車で富山に帰り、翌朝通常通り出勤することもしょっちゅうでした。シフト調整など、職場の仲間の協力がなければ、日本介護福祉士会の会長は務まらなかったと思います。

 日本介護福祉士会を立ち上げてからは、特に研修に注力しました。個々の都道府県介護福祉士会はまだ経営体力がないところも多く、日本介護福祉士会が代わりに中央・各地方単位で研修会を開催するなどの支援を行いました。業界誌をチェックする中で、気になった方に連絡を取り、研修講師の依頼を直接交渉したことも少なくありません。

1994年11月25日第一回全国研修会

 事業者団体が主催する研修は、専門家の先生が講師を務めるため非常に有意義ですが、各職場あたりの参加定員が決まっているため、毎回参加できるわけではありません。そうした意味では、以前日本介護福祉士会がおこなっていたブロック研修は、外部講師の先生や厚労省のお話が直接聞けるほか、地域の枠を越えた学びの機会を、会員に平等に提供するものとして、重要な役割を果たしていたと思います。

介護保険前夜

 日本介護福祉士会創立直後から、2000年の介護保険制度施行を見越した取組をおこなってきました。当時日本介護福祉士会は任意団体だったものの、介護福祉の職能団体として介護保険の制度を作る審議会等の場に傍聴させていただき、学ぶ機会を得たことは非常にありがたいことでした。
 そうした流れの中でケアマネジメント研究会を立ち上げ議論を行い、第1回目の意見書として提出したのが「新たな高齢者介護システムの確立について」です。

日本介護福祉士会広報誌『ニュース』 vol.10

 また、在宅におけるケアマネジメントに視点を置いたアセスメント様式「生活7領域からとらえた援助の必要性(通称:日介方式)」の発表やケアマネジメント研修会の開催など、当時から生活全体を捉える自立支援アセスメントを志向してきました。専門職は個人の主観的意見でなく、バックデータや客観的根拠に基づく説明が求められますので、そういう意味でもアセスメントは非常に重要であると考えています。

 毎年9月11日には、都道府県介護福祉士会と協力し、全国一斉介護相談を実施しました。介護保険制度以前はケアマネも地域包括支援センターもなく、家庭の介護について第三者に相談する場はありませんでした。年に1度の取組でしたが、ニーズの受け皿として多くの方にご利用いただき、お役に立てたと思っています。

全国一斉介護相談 電話相談中


介護保険制度がもたらした変化

 「介護との出会いと当時の介護」のところでも述べましたが、私がこの業界に入ったころの介護は、現在とは全く異なるものでした。私の職場はその後少しずつ改革が進んでいきましたが、介護保険制度の導入により完全に介護現場が変わりました。
 1点目は利用者の1日の流れと職員の働き方です。それまでは施設側の都合で利用者の1日の流れが設定されていました。日勤者の勤務時間が、利用者の1日の生活時間でした。介護保険制度の導入により、利用者の生活時間をベースに、施設の1日の流れが設定されることになり、それにより朝食時間は早くなり、夕食時間は遅くなりました。
 利用者の1日の生活時間が延びることで、それに対応する職員の働き方も変わります。日勤・当直のみだった勤務体系が、早番・遅番・夜勤の交代勤務へと変わっていくこととなります。

 2点目は、介護現場の意識の変化です。介護保険制度以前は、行政の措置でサービスの利用が決定されていたため「利用者のため」という発想は希薄でした。介護保険の導入により、利用者が自らの選択・自己決定でサービスを契約できるようになったことで、急速に利用者主体・人権意識・尊厳の保持といった考えが介護現場に浸透しました。ケアの目的・本質も「お世話してあげる介護」から「自立支援」へとシフトしていきました。


義母の介護を通して得たもの

プロとして義母を介護して

 「最後まで自宅で暮らしたい」との義母の願いを叶えるため、看取るまでの6年間、在宅で介護してきました。ベストな介護ができるよう、サービスを活用しながら。
 ショートステイにデイサービス、ホームヘルパー、訪問診療といったサービスは、ケアマネジャーさんが私たち利用者・家族の意向を聞いた上で、どう組み合わせるのがベストか考えて提案してくれました。
 たとえ家族であっても、究極的には自分とは異なる人格を持った他人です。他人同士が集まり支え合うのは、コミュニティの輪が広いか狭いかの違いであって、地域も家族もその本質は一緒であると考えています。私は義母を家族としてではなく、一人の利用者としてケアをし、プロとして彼女を看取ったつもりです。

 介護の過程は、たとえば「今こういう状態だから、このような支援をしよう」とか、結果に対し支援を組み立てる一連のサイクルの繰り返しです。人の思いや身体、心の状態は常に変化します。病気の治療にはある程度の「形」がありますが、介護については、一つひとつの細かい部分において「そのとき、その人」によって対応が異なることが往々にしてあります。
 介護の仕事は利用者がこれまで積み上げてきた経験により形成される「人生観・価値観」や、将来の展望をも考慮しておこなう必要があります。「介護はアセスメントが重要」と言われるのには、そういう背景があると思っています。


手をつかむのでなく、支える

 私自身70歳を過ぎ、自分の身体にこれまで思ってもみなかったような変化を認識しています。下り坂の中、できないことが増えていることに悔しさを感じながらも、自分自身を納得させながら、老化のプロセスを学びながら日々生活しています。
 老いは全ての人に必ず訪れます。その速度は違えど、みんな同じ道をたどります。思い通りにいかない不自由さや、これまでできていたことができなくなるもどかしさなど…誰もがその状況になるまで「自分はなるとは思っていない」のが老いです。

 では、年老いた人を前にして、介護福祉士に求められることは何でしょうか。私はその人の「手をつかむ」のではなく、「支える」ことだと自分自身の経験から実感しています。介護福祉士の皆さんには、サポーター、ケアパートナー、伴走者としての姿勢が求められます。たくさんの知識が必要なことではありますが、それが介護福祉の専門職として成長するということだと思います。


未来を担う介護福祉士へのエール

 介護福祉士は生活支援の専門職ではありますが、利用者にとっては「命あっての暮らし」ですから、利用者の一番身近な専門職として、健康状態の変化を予測できるような「眼」を養うことが必要です。また、多職種連携にあたっては「共通言語」も必要となります。介護福祉士は医療の専門職ではありませんが、一定レベルの医学的知識は身に付けておくことが求められます。
 介護の仕事は決して簡単で楽な仕事ではありません。現場で経験した苦労は必ず、後々の人生に活かされます。
 科学や医学、疾病、障害に関する知識や、観察力をベースにした予測力に加え、記録力やアセスメント情報に対する読解力、理解力など、前提となる知識や様々な能力が介護福祉士には求められますし、現場経験を通してこれらのスキルが磨かれていきます。また、利用者を正しく理解するために、本人の生い立ちや環境因子も含めて総合的にアセスメントする力も非常に重要です。

 プレッシャーを感じる方もいるかもしれませんが、介護福祉士は自分たちが思っている以上に多職種から期待をされているということです。その期待に応えられるかどうかが、今後の介護福祉士に対する評価にもつながってくると思います。
 対利用者という意味では、利用者に「良い人生だった」と思っていただけるような仕事を心がけてください。あなたは利用者との間に信頼関係を構築できていますか。利用者に素直に謝ることができていますか。あなたが利用者だと仮定して、あなたの働く職場はあなた自身が最後の時間を過ごして幸せだと言える場所ですか。
 もしも質問の答えが「No」であれば、その理由を一つずつ解決していくことが大切です。幸いなことに、介護現場はこの30年の間に、利用者にとっても職員にとっても、確実に良くなってきています。くれぐれも時代に逆行した「力任せの介護」だけはしないようにお願いしたいです。また「人がいない、時間がない」からといって、ケアを受ける人の「声なき声」を無視するような、「利用者不在の介護」をしないように現役介護福祉士の皆さんにはぜひお願いしたいです。


介護福祉士会へのエール

 外国人介護人材については、今はまだ数は少ないですが、日本の人口構造の問題を踏まえると近い将来外国人介護人材は増えてくると考えて間違いないです。そうなったときに、どのように入会していただき、研修を受けていただくかについて検討しておく必要があります。
 また会員=会の一員です。介護福祉士会としては、単に学ぶ機会を提供するだけでなく、会員と連携していく取組みも今後必要になってくるでしょう。「今」はもちろん大事ですが、「未来をどうしていくか」の方向性を示すことが日本介護福祉士会には求められていると思います。

 教育の拡充の観点からは、誤嚥性肺炎の予防と口腔ケア、終末期のケアにおいて今後ますます介護福祉士の役割が求められてくると考えています。人材不足の状況いかんに関わらず、育成はとても大切です。介護福祉士会にはぜひ良質な講師陣による良質な研修をお願いしたいです。
 介護福祉士会は、介護福祉士の、介護福祉士による介護福祉士のための職能団体です。誰かの助けを待つのではなく、自分達の努力で良いものを作り出していく必要があります。第三者評価事業や法定研修の実施、競争力・魅力のある研修の提供など、介護業界の発展に寄与し、介護福祉士に対して価値を提供し続けていく責務があります。そうした取組みの積み重ねが、介護福祉士会の評価や入会率の向上につながっていくと考えています。



(前半はこちら)



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