人と人を繋いでくれる、コンパニオンアニマルという存在
今年度3回目の『おじゃまします』は、大阪市住之江区にあるユニット型特別養護老人ホームの加賀屋の森さんへ。「森」の名前のとおり、たくさんの木々や緑に囲まれた施設です。施設の周りにはユニット名になっている植物が植えられていて、もみじ、つつじ、金木犀、花桃、けやき…など。そして屋上にはラベンダー、お庭には芋ほりができる畑もあります。そんな加賀屋の森では、幸福と安心を生み出すケア技法「ユマニチュード」や犬や猫と共に生活する「コンパニオンアニマル」など、ユニークな取り組みを積極的に実践。
今回は「コンパニオンアニマル」の取り組みについて、施設長の矢部さん、副施設長の木村さんにお話を伺いました。
一緒に過ごす仲間、伴侶を意味する「コンパニオンアニマル」
加賀屋の森では、犬や猫を「コンパニオンアニマル(伴侶動物)」として迎え、家族の一員として一緒に生活しています。
ユニット型で、5つのフロアはすべて動物たちも入ることができます。現在は柴犬のいおりと小型犬のちび、猫のしろ、とら、みそら、ひばり、こうめ、こなつの8匹が、100人の入居者とともに生活しています。
柴犬のいおりと猫のしろ、とらは、動物たち専用のコンパニオンルームを拠点に、みそらとひばりはショートステイのユニットの共有スペースで生活しています。キッチン以外は自由に歩き回ることができるので、居室への出入りも気の向くままに生活しています。
噛んでしまったらどうするの、大反対の声
8匹は今ではなくてはならない存在ですが、迎え入れる際には、反対する声がとても多かったです。衛生面はもちろん、入居者さんを噛んでしまったり、けがをさせてしまったらどうするんだ、誰がお世話をするんだ、等たくさんの声があがりました。
職員にアンケートをおこない、心配や不安には、ひとつひとつ解決策を提示しました。時には保健所の方に来ていただいて、動物と生活することに問題はないか確認したこともあります。でも、そこで言われたんです。「おうちでペットを飼っていて何か問題はありますか?」と。問題ないです、と答えると「そうしたら同じです。ここは生活の場だから何も問題ないです」と言っていただき、自信がもてました。保健所の方にアドバイスをいただいた通り、厨房には入らせない、アレルギーに注意する、など一定のルールを決めて、職員にも一つひとつ説明をし、半年以上かかってやっと保護犬だった、いおりをお迎えしました。
おばあちゃんと一緒に、いおりちゃんの散歩にいきたい
いざ迎え入れると、動物たちが入居者さんに与える影響は大きく、普段は部屋に閉じこもっている方が「ご飯の時間だ」「散歩にいかなきゃ」と部屋から出てくることが多くなり、とても活気が出ました。機能訓練も「肩が痛い」「疲れた」と言っていたのに、猫じゃらしを持つとよく腕が上がるんですよ(笑)
また、職員にとっても動物たちがいてくれると「いおりちゃんと来たよ」「いおりちゃんと一緒に行こう」など、とても声掛けしやすい。他のショートステイでなじめなかった方でも、ここだったら動物がいて継続しやすいと、少し遠い場所から通ってくださる方もいます。
入居者のご家族もこれまで短時間のお見舞いだったのが、動物と触れ合うことで家族で一緒に過ごす時間が長くなり、ある方のお孫さんは「おばあちゃんといおりちゃんの散歩にいきたい」と頻繁に来てくれるようになりました。
動物たちは、癒しの存在だけでなく、介護職員でありリハビリ職員でもあるんです。
このような取り組みを令和6年度ユマニチュード学会(福岡大会)で研究発表をおこないました。
動物と一緒に働きたい。志望動機のひとつに
予想外だったのが、人材募集をした際に職員が集まりやすくなった、ということです。動物学校の学生が、研修にきてそのまま介護職員として就職したケースもありました。また、ホームページをみて動物がいるなら働きたい、という方もいて、採用面でも動物たちは活躍してくれています。
もともと介護の世界と縁がなかった方も、動物が繋げてくれる。本当にいいことばかりだと実感しています。
利用者さんはもちろんですが、職員にとっても癒しの存在で、入居者のご家族や職員同士でも動物たちの話題が生まれ笑顔が増えました。
いおりちゃんをはじめ、動物たちは人と人を繋いでくれる潤滑油。大切な家族の一員です。
地域とともに生きていく
こうした人と人を繋ぐ取り組みは施設内だけでなく、地域に向けてもおこなっています。加賀屋の森では、地域住民に施設を開放しており、子どもたちがコンパニオンルームに動物に会いにきたり、動物たちとの触れ合いイベントを開催することもあります。
庭にあるスマイル農園では、お昼ご飯やおやつにいただく野菜を育てているのですが、グループ法人のスマイル保育園の子どもたちが芋堀りにきたり、野菜の収穫にくることも多いです。
地域の方をお招きするだけでなく、時には職員が地域のソフトボール大会やマラソン大会のお手伝いに行くことも。マラソン大会はお手伝いだけではなく職員も毎年レースに参加していますし、法人でゲートボール大会を主催することもありますよ。
積極的に地域とのつながりを持ち続けてきた背景には、母体となっている医療法人三宝会南港病院の『地域とともに生きていく』という考え方にあります。
南港病院では閉業寸前だった銭湯の運営を継承し、2023年に地元民の憩いの場として「寿楽温泉」をリニューアルオープンしました。銭湯の2階には大きな和室スペースがあり、月に数回はこのスペースを利用したイベントもおこなっています。イベントは法人で資格をつくったアロママイスターがおこなう『アロマケア』や、有志のお客さんによる音楽イベントなど、様々なイベントを職員と地域みんなでつくっています。
そのほかにも「カラダにいいとおいしいを1つに」をテーマにしためばえキッチン、「この街で暮らす人々の体の中から人生を変える」がコンセプトのウェルネスラボなど、地域に根差したサービスがたくさんあります。
また、南港病院グループのデイサービスしらなみでは、大きな施設の大浴場を生かし、使用しない夜間の時間に限り毎日一般の方に開放しています。無料で地域の乗り合いバスの運行もおこなっています。
見学を終えて
地域のみなさんとたくさんの接点をつくる加賀屋の森さん。
グループ法人一丸となって、地域コミュニティのひとつの拠点となり、地域に暮らす人たちの居場所づくりに取り組む姿勢に『住民主体の地域福祉』のお手本をみた印象を持ちました。
医療、介護、福祉の枠を超え、地域や人を結ぶ活動は、今後も唯一の形に進化していきそうです。