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よっちゃん『こころの授業』vol.2

もしもみなさんや、みなさんの身近な方がある日突然認知症になったら、そのときみなさんは一体何を思うでしょうか。
日々記憶を失っていく不安や、いつか大切な家族のことも分からなくなってしまうのではないかという恐怖。
大好きな家族に、忘れられてしまう寂しさ。

「当たり前の日常」はいつか終わりが来ます。その「いつか」に備えるために、私たちは「いま」何ができるでしょうか。

介護福祉士養成校の教員として働くかたわら、小学生から高校生まで、毎年10,000人以上の子どもたちに介護の魅力を伝える活動を続ける「よっちゃん」の授業。第3弾は「こころの授業②」です。


かなちゃんとおばあちゃんの話

「今日一番みんなに聞いて欲しいのは」と前置きしてよっちゃんが話し出したのは、かなちゃんとおばあちゃんの話。

認知症になってしまったおばあちゃん。亡くなったご主人のことも思い出せない。
自分が生んだ三人の子どものことも忘れてしまった。
覚えているのは、大好きな孫のかなちゃんのことだけ。
両親が仕事で忙しかったため、かなちゃんはおばあちゃんに育てられた。
おばあちゃん子のかなちゃん。おばあちゃんも自分に懐くかなちゃんが大好きだった。

小学1年生のある日、かなちゃんは学校を休んだ。
認知症のおばあちゃんと留守番しているより、学校に行ってもらった方が安全だと考えたお母さんは、かなちゃんに学校へ行くよう説得するも、かなちゃんは「おばあちゃんが良い!」の一点張り。
結局お母さんはお弁当を用意して、かなちゃんを家に残して仕事へ出かけて行った。

家に残ったおばあちゃんは、かなちゃんと散歩に出かけることにした。
かなちゃんとおばあちゃんのお気に入りの、いつもの散歩コースだ。
途中の公園で花を摘んだりして遊んだ後、帰り道の途中で足が止まってしまったおばあちゃん。
家への帰り方が急に分からなくなってしまったのだ。
焦り、途方に暮れるおばあちゃん。
そんなおばあちゃんを見て、かなちゃんはおばあちゃんの手を取り、一緒に手をつないで家に帰った。

「これも立派な介護。みんなも友達の鉛筆が落ちたら拾ってあげるじゃん?元気がない子がいたら、声をかけてあげるじゃん?それも立派な介護の入り口なんだよ」
よっちゃんは介護を「特別な仕事」とも「誰でもできる仕事」とも言わない。みんなが普段当たり前のようにしていることの延長線上にあるのが介護の仕事だと、よっちゃんは子どもたちに語りかける。

家に帰ったおばあちゃん、かなちゃんのお母さんが作ったお弁当には目もくれず、冷蔵庫を探し出す。
かなちゃんの大好きな玉子うどんを作ってあげるため。

どうにかうどんと玉子を探し出したおばあちゃん。
だけど、今度は作り方が分からない。
鍋にうどんと溶き卵を入れてかき混ぜただけで、味付けの仕方も分からない。

完成したのは、汁もない、味もない、冷たい玉子うどん。
黙ってそのうどんを完食したかなちゃんは笑顔で「おばあちゃんが一生懸命作ってくれた玉子うどん、おいしいよ」
おばちゃんの笑った顔が見たくて、小学1年生のかなちゃんが始めておばあちゃんについた嘘だった。

かなちゃんの話が進むにつれて、雨が降り出してきた。
まるで物語の先行きを知っているかのように、空が暗くなってきた。

おばあちゃんの認知症は進行していく。
深夜、パジャマに裸足で徘徊して長時間帰ってこなかったり、台所の石鹸を食べてしまったり、失禁した自分の便を触ってしまったり。

「みんなのおじいちゃんおばあちゃんがそうなったら、みんなはどうするの?おじいちゃんおばあちゃんのこと、嫌いになる?怒る?無視する?」
力強く首を横に振る子供たち。

「便いじりだってそう。『何かが出そう』だからソワソワするんだけど、それが便意・尿意だと認識できないからトイレに行けなくて失禁しちゃう。失禁すると違和感があるから気になって触っちゃう。触ると手が汚れるから、手をきれいにするために、汚れを自分の服や壁で拭いちゃうんだよ」
「みんなも経験あると思うけど、かさぶたができると気になるよね?触るよね?」
「おばあちゃんは間違ったことしてないよね?みんなでも同じことするよね?なんで認知症の人が悪者にされないといけないのか。誰が認知症の人を苦しめるのか。認知症を知らない周りの人たちだよ」
よっちゃんの声に熱がこもる。子どもたちも真剣な表情でよっちゃんの話に聞き入っている。

かなちゃんが中学生になったとき、お別れのときが来た。
おばあちゃんの施設入所が決まったから。
なかなかおばあちゃんと離れようとしないかなちゃんに、お母さんは「おばあちゃんもお父さんもお母さんも、みんなその方が幸せなの」と言い聞かせる。
お母さんの説明に、納得できないかなちゃんは、泣きながら抵抗を見せる。
「そんなの嘘だ!お父さんお母さんは、おばあちゃんが笑わなくなった理由分かる?お父さんお母さんがおばあちゃんのこと怒ってばっかりいるからだよ!歳をとって出来ないことが増えただけで、何も悪いことしてないのに、一生懸命生きているのに、どうしてそんなに怒るの?」

子どもたちのすすり泣きの音が聞こえる。目をこする男の子や、ハンカチで目を押さえる女の子もいる。
よっちゃんの話は止まらない。よっちゃん自身、目を真っ赤にしながら、時折鼻をすすりながら、大きな声でしゃべり続ける。

「夜中に家を出てっちゃうなら、隣で一緒に寝れば良いのに!お漏らししちゃうなら、トイレに連れて行ってあげれば良いのに!どうしてお父さんお母さんは何もしないで、失敗したおばあちゃんを怒るの?」

おばあちゃんが洗濯物をたたみながら言っていた言葉を、かなちゃんは忘れられない。
「私は役立たずになってしまった。みんなに迷惑をかけているから、早くあの世に行かなければいけないのに、まだ迎えが来なくて…。ごめんね。」
かなちゃんに謝りながら、洗濯物をたたむおばあちゃん。
そんなおばあちゃんを、「裏返しのままたたむぐらいだったら、もうたたまなくて良い!」と怒るお母さん。
おばあちゃんが裏返しにたたんだら、着るときに直せばいい、ただそれだけなのに。

抵抗もむなしく、いよいよおばあちゃんと離れ離れになってしまうとき、かなちゃんは施設のスタッフだったよっちゃんに聞いてきた。
「おばあちゃんは施設に入ったらもう一度笑うようになりますか?よっちゃんはおばあちゃんをもう一回笑わせてくれますか?」
「それだけはよっちゃん、絶対約束する!でも、孫のかなちゃんもいないとダメだからね、離れて暮らしていても心は一緒だから、絶対会いに来るんだよ!」

涙を流しながら何度もうなづくかなちゃんの背中を、おばあちゃんはずっとさすっていた。

それから年月が経ち、おばあちゃんは亡くなり、かなちゃんは大学生になった。
大学生になって一人暮らしを始めたかなちゃん。
辛いことや悲しいことがあったとき、一人ぼっちで寂しいときに決まって食べるのは、味なしの玉子うどん。
「全然おいしくないんだけど、食べるとなぜか、亡くなったおばあちゃんが背中をさすってくれている気がして、涙が止まらなくなるんです」

当たり前と思っていると、いつか会えなくなる、大切な人。
いつか食べられなくなる、あの味。
「だから、今のうちに、いっぱい会っておくんだよ。いっぱい食べておくんだよ。いっぱい思い出、作っておくんだよ」

降っていた雨はいつの間にか止み、教室の窓からは青空が顔を出していた。





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